フィレンツェの高齢者施設「VILLA CANOVA」に見る、生活そのものをケアにするという思想
毎年ヨーロッパ各国を訪れ、その国ならではの医療や福祉のあり方、そして人々の“ケア”に対する考え方を学んでいます。今年はイタリアを訪れており、ミラノ・フィレンツェ・ローマ・ボローニャの各地で、施設見学や現地の方々との交流を通して多くの気づきを得ております。これから数回にわたり、その体験と学びをブログで紹介していきます。
第1回目は、フィレンツェ市内にある高齢者施設「VILLA CANOVA(ヴィッラ・カノーヴァ)」です。ここで感じた“イタリア流のケアの本質”をお伝えします。
■ プライベート運営の現代的な介護施設
VILLA CANOVAは、フィレンツェ郊外ではなく、市街地にある比較的新しい高齢者施設です。
外観はモダンな建築で、清潔感のあるデザインが印象的でした。公的な施設ではなく、ご家族で経営されているプライベート運営の施設で、温かみのある雰囲気と家庭的な運営スタイルが感じられます。

当日は現地の看護師であるJessica(ジェシカ)さんが施設を案内してくださいました。
とても忙しい日だったようですが、私の訪問のために時間を割いて丁寧に説明してくださったことが印象に残っています。言葉の壁を越えて伝わる彼女の誠実な姿勢と優しい笑顔が、まさに“ケアそのもの”を体現しているように感じました。
■ シンプルで機能的な設計と「暮らし」を意識した空間づくり
施設内は、どの部屋もシンプルで明るく、機能性を重視した造りです。歴史的なヴィラ(邸宅)を改修した建物ではなく、現代的に設計された新しい建物であるため、動線がスムーズで、介助や見守りがしやすい印象でした。
広々とした庭園や丘陵の眺めこそありませんが、代わりに施設内部の空間づくりにこだわりが感じられます。入居者様が自然と集まるカフェスペース、色とりどりの作品が並ぶアートコーナー、そして穏やかな照明と音楽が流れるセラピールームなど、「生活そのものがケア」というイタリアらしい哲学が形になっていました。
日常の中に“楽しみ”と“癒し”を散りばめることで、医療や介護を越えた「暮らしの質(QOL)」を支える。それがこの施設の最大の特徴だと感じました。

■ 日常の中に息づく“看護師主導のケア”
施設内を見学して最も印象に残ったのは、看護師の役割が非常に大きいということです。
日本の介護施設では、医師の指示や訪問診療を中心にケアが行われることが多いですが、
VILLA CANOVAには常勤医師はいません。
入居者の健康管理や処置の判断は、基本的に看護師の臨床判断によって行われていました。
薬局のようなスペースで、看護師たちは、一つひとつ丁寧に配薬カートに薬を準備している姿を見せてくれました。入居者様の体調を細かく観察し、必要に応じて地域の医師と連携しながら、症状の変化に即座に対応できるよう体制を整えているそうです。
この“ナース主導のケア”こそ、イタリアの介護現場における特徴の一つ。現場の判断力と責任感に支えられた体制は、制度の枠を超えた人間的な信頼関係によって成立しているように思いました。
■ 食堂・厨房・活動ルーム・霊安室まで ― 生活のすべてを包み込む空間
案内していただいた中で、私は食堂・厨房・活動ルーム・霊安室など、施設のさまざまな場所を見学させていただきました。
食堂では、入居者様がスタッフと一緒に談笑しながら食事を楽しむ姿があり、単なる食事の場ではなく“交流と生きる喜びの場”になっていました。
厨房は清潔で整理されており、温かい料理を提供することを何よりも大切にしている様子。
日本のように栄養士が厳密に管理するというより、“家庭の味”を意識した手づくり感がありました。たくさんのトマトソースの缶詰が並んでいるのがイタリアを感じさせてくれました。
活動ルームには塗り絵や手芸、軽い運動器具などが置かれ、入居者様が自分のペースで好きな活動を楽しめるようになっています。それぞれの机の上には途中までの作品が残っており、「その人の時間がここで続いている」ことを感じました。
そして静かに心を打たれたのが霊安室(chapel room)の存在です。宗教的な空間でありながら、装飾は控えめで、“静かに見送るための場所”としてとても丁寧に整えられていました。
ジェシカさんによると、ここで亡くなられる方は年間2〜3名程度とのこと。
穏やかで温かい最期を迎えられるよう、スタッフ全員で支える文化が根付いているそうです。

■ 介護を「生活の中に溶け込ませる」哲学
イタリアの介護には、「医療的ケア」と「生活の幸福」が自然に融合しています。それは決して特別なプログラムや先端技術によるものではなく、日々の小さな時間、対話、食事、活動、音楽・・・そうした“生きる営み”そのものを大切にする姿勢に表れています。
VILLA CANOVAのスタッフたちは、入居者様を「患者」と呼ぶのではなく、「住まう人(resident)」と呼びます。
その言葉には、“ここは病院ではなく家なのだ”という思いが込められていました。
玄関では入居者様が自由に出入りしています。「安全」や「効率」を最優先するのではなく、人としての自由・尊厳・心地よさを軸にしたケア。
それがイタリアの介護が持つ温かさであり、日本が学ぶべき視点だと感じました。
おわりに
「施設を訪れて感じたのは、“看護と暮らし”が一体化しているということ。医師がいなくても、看護師がその人の生活を見守りながら医療判断を行う。そして、そこには“管理”ではなく“信頼”がありました。私たちが目指すべき介護の原点が、この小さなプライベート施設の中に確かに息づいていました。」
制度の整った日本にいると、つい“介護=業務”と捉えがちですが、ここでは介護が“暮らしの延長”として自然に存在していました。それを支えるのは、制度でもマニュアルでもなく、人と人との関係性と信頼。忙しい中でも笑顔で案内してくれたジェシカさんの姿が、その哲学を象徴していました。

■ 次回予告
次回は、ボローニャにある高齢者施設「Santa Maria Home」を紹介します。
ここでは宗教と医療・介護が融合した独自のケア文化を見ることができました。
どうぞお楽しみに。




