2025年3月20日、日野市社会福祉協議会主催の「傾聴ボランティア講座」にて、「高齢者の理解と認知症のある方との関わり方」をテーマに講演を行いました。少子高齢化が進み「多死社会」に向かう今、私たち一人ひとりが高齢者とどう関わっていくかが問われています。この講座では、医療・介護の現場に長年携わってきた立場から、知識と実践を交えてお話しました。
1. 高齢者を取り巻く社会の現状
現在、日本は「少子・超高齢・多死時代」を迎えています。75歳以上の後期高齢者が急増し、同時に認知症高齢者の数も増加しています。2025年には約700万人が認知症になると予測されており、これは65歳以上の約5人に1人にあたります。この数字は、私たちの社会が直面している課題の大きさを如実に物語っています。
施設に入居する高齢者も多くなっていますが、その施設の種類や役割、提供できるケアの内容には大きな違いがあります。特別養護老人ホーム、グループホーム、サービス付き高齢者住宅など、それぞれの特性を知ることで、ケアのあり方も変わってきます。例えば、特別養護老人ホームは24時間の介護体制がある一方、サービス付き高齢者住宅は自立した生活を送れる方向けの住まいです。このような違いを理解することで、高齢者一人ひとりのニーズに合わせた支援が可能になります。
そして今、私たちに求められているのは「最期までその人らしく生きることを支えるケア」です。そのために重要となるのが、「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」です。ACPとは、将来の医療やケアについて本人・家族・医療・介護職が話し合い、希望を共有していくプロセスです。例えば、「もし認知症になったら、どんな治療を受けたいか」「最期はどこで迎えたいか」といったことを、元気なうちから考え、周囲と共有しておくのです。傾聴ボランティアの皆さんにも、このACPという視点を持って関わっていただけると、より深い支援につながっっていくと思います。
2. 認知症の理解と、正しい関わりのために
認知症は「記憶が悪くなる病気」と思われがちですが、実際には記憶のメカニズム全体に関わる問題です。記憶には記銘(覚える)、保持(覚えておく)、想起(思い出す)というプロセスがあります。
認知症ではこのプロセスのどこかが障がいされているため、私たちが「何度言っても忘れてしまう」と感じるのです。例えば、「覚えたはずなのに思い出せない」=”忘れている”のではなく、”そもそも記憶に入っていない”場合もあるのです。これはその人の意志や努力の問題ではなく、脳の機能障害によるものです。
具体的な例を挙げると、アルツハイマー型認知症の場合、新しい出来事を記憶に定着させる「エピソード記憶」が特に障がいされます。そのため、「さっき食べたばかりなのに、また食事を求める」といった行動が見られることがあります。これは単なる「忘れっぽさ」ではなく、「食事をした」という記憶そのものが形成されていないことが原因なのです。
だからこそ、「どうしてわからないの?」と責めたり、「もう何回目よ」と苛立ったりするのではなく、「今はうまく伝わっていないだけかも」と柔軟に構える姿勢が大切です。
3. 認知症の症状と周辺症状(BPSD)
認知症には「中核症状」と「周辺症状(BPSD)」があります。
- 中核症状:記憶障害、見当識障害、判断力低下など
- 周辺症状(BPSD):行動や心理症状・・・徘徊、興奮、幻覚、抑うつ、拒否など
BPSDは、認知症そのものだけでなく、環境や対応の仕方によって悪化も改善もします。つまり、BPSDは”困った症状”ではなく、”本人の困りごとから生まれる行動”なのです。
例えば、「徘徊」と呼ばれる行動。これは単に「うろうろする」のではなく、「何かを探している」「どこかに行きたい」という本人の意思や目的がある場合が多いのです。また、「興奮」や「攻撃的な言動」も、不安や恐怖、痛みなどが原因となっていることがあります。
「認知症の人は困った人ではない。困っている人である。」という視点を持てるだけで、対応がまったく変わります。傾聴ボランティアとして関わる際にも、「この方はどんな苦しみを抱えているのか」「何に不安を感じているのか」と想像する力が求められます。
4. 傾聴とは「苦しみをキャッチする」こと
傾聴とは、ただ話を聞くことではありません。相手の「苦しみ」「思い」「感情」に寄り添い、それを丁寧に受け取ることです。「困りごとを解決してくれる人」よりも「困りごとを”わかってくれる”人」がそばにいてくれることが嬉しいのです。
傾聴を通じて、相手に「自分は大切にされている」「理解されている」と感じてもらえることこそが、心の支えとなります。傾聴とは、単に話を「聞く」のではなく、「その人の心に寄り添いながら聴く」ことです。相手の言葉だけでなく、沈黙、しぐさ、表情など、あらゆるサインを受け止めることが大切です。
例えば、認知症の方が同じ話を何度も繰り返す場合があります。これを単なる「症状」として聞き流すのではなく、「なぜこの話を繰り返すのだろう?」と考えてみましょう。その話には、その方にとって特別な意味があるかもしれません。あるいは、不安や寂しさから、誰かとつながりたいという気持ちの表れかもしれません。
傾聴ボランティアの役割は、こうした「言葉の奥にある思い」をキャッチすることです。そして、「あなたの気持ちがわかります」「あなたの話を聴いていますよ」というメッセージを、言葉だけでなく、表情やしぐさでも伝えていくのです。
5. 医療・介護における倫理4原則
講座の終盤では、医療・介護における倫理の4原則にも触れました。
- 自律尊重:本人の意思を尊重する
- 善行:相手にとって良いことを行う
- 無害:害を与えない
- 正義:公平であること
これらの原則は、医療や介護の専門職だけでなく、傾聴ボランティアの活動にも深く関わります。
例えば、「自律尊重」の原則。認知症があっても、その人の意思や好みを尊重することは可能です。「何を着たいか」「どんな食事が好きか」といった日常の小さな選択から、その人の自己決定を支援していくことが大切です。
「善行」と「無害」の原則は、時に相反することもあります。例えば、安全のために行動を制限することが、かえってその人の尊厳を傷つけてしまう可能性もあります。常に「この行為は本当にその人のためになるのか」を考え、バランスを取ることが求められます。
「正義」の原則は、すべての人に公平にケアを提供することを意味します。しかし、「公平」イコール「同じ」ではありません。一人ひとりの状況や必要に応じて、適切なケアを提供することが真の公平さといえるでしょう。
傾聴ボランティアも、れっきとした「社会資源」です。だからこそ、相手の尊厳を守り、自分本位の関わりをしないという意識を持って関わっていただきたいと思います。

おわりに
認知症は特別な病気ではありません。誰にとっても身近な問題です。そして、正しく知ることが、正しいケアにつながります。
「傾聴」という行為は、誰にでもできるようでいて、とても奥深く、大きな力を持っています。皆さんの関わりが、きっと多くの高齢者に安心と笑顔を届けてくれることでしょう。
例えば、認知症の方との会話で、昔の思い出話に花が咲くことがあります。その時、その方の表情が生き生きとしてくるのを目にすることがあるでしょう。これは、その方の中に残された能力や感情が呼び覚まされている瞬間です。こうした小さな変化に気づき、喜びを共有できることも、傾聴ボランティアの醍醐味といえるでしょう。
これからも、共に学びながら支え合っていけたらと願っています。傾聴ボランティアは、社会の中で重要な「心のインフラ」となる存在です。一人でも多くの方が、正しい知識と優しさをもって高齢者に向き合えるよう、これからも伝えていきたいと思います。
高齢者の方々は、長い人生経験を持つ「生きた歴史書」です。その豊かな経験と知恵に耳を傾けることで、私たち自身も多くのことを学び、成長することができるのです。傾聴ボランティアの活動は、単に「支援する側」と「される側」という一方通行の関係ではありません。互いに学び合い、支え合う、双方向の豊かな関係性を築くことができるのです。
この講座をきっかけに、より多くの方が傾聴ボランティアに興味を持ち、活動に参加してくださることを願っています。一人ひとりの小さな行動が、やがて大きな波となって、認知症の方々にとってより住みやすい社会を作り出すことでしょう。共に、思いやりと理解に満ちた社会の実現を目指していきましょう。