アルデバラン

一般社団法人アルデバラン

患者の望む医療とACPの普及 ― 高山義浩先生の事例から学ぶ

3 views
約5分

近年、日本でも「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」、いわゆる「人生会議」という言葉を耳にする機会が増えてきました。
それは、人生の最終段階にどのような医療やケアを望むかについて、本人・家族・医療者が繰り返し対話を重ね、意思を共有する取り組みです。

今回は、沖縄県立中部病院で感染症診療や在宅緩和ケアに携わる高山義浩先生が研修医時代に経験された「透析中止の提案」の事例を通して、ACPの大切さを考えてみたいと思います。

透析を拒んだ患者 ― ヒサノさんの選択

高山先生が出会った患者「ヒサノさん」は、戦中戦後を生き抜き、子育てに励んだ女性でした。晩年、腎不全となり透析導入を提案されますが、彼女は「幸せだったから、これ以上長生きせんでいい」と言い切ります。

家族と医師の説得で一度は透析を受けましたが、最終的には「透析はいやだ。私は幸せなまま死にたい」と意思を明確に示しました。医師もその決断を尊重し、ヒサノさんは最期まで穏やかに過ごされたといいます。

この事例は「安楽死」ではなく、日本で慣習的に認められている「尊厳死(延命治療の差し控え)」に該当します。そして何よりも大切なのは、患者が自らの人生を振り返り、納得して選んだ道を周囲が受け止めたプロセスそのものです。

ACP(アドバンス・ケア・プランニング)とは?

厚生労働省はACPを「本人が将来受けたい医療やケアについて、繰り返し話し合い、共有するプロセス」と定義しています。
これは単なる「終活」や「延命拒否の意思表示」とは違い、人生の最終段階における“生き方の選択”を、本人・家族・医療者が一緒に考えていく営みです。

ACPの3つの重要なポイント

1. 繰り返しの対話

ACPは一度話し合えば終わりというものではありません。
体調や生活状況、本人の価値観は時間とともに変化します。元気なときに考えた希望と、実際に病気が進行したときの気持ちは違うかもしれません。
そのため、節目ごとに何度も対話を重ねることが大切です。ACPは「決めること」ではなく「話し続けること」に意味があります。

2. 多職種での共有

ACPは医師と患者の間だけでなく、看護師、ケアマネジャー、介護職、訪問看護師など多職種がチームで共有することが重要です。
本人の思いを誰か一人が知っているだけでは、いざというときに医療や介護が適切に進みません。チームで共有することで、本人の希望に沿ったケアが途切れることなく行えるようになります。

3. 家族の安心につながる

患者本人の意思が明確に示されていれば、家族が「治療をやめてよかったのか」「もっと延命できたのでは」と後悔に苦しむことを防げます。
ACPは本人だけでなく、家族にとっての心の支えにもなります。家族が「本人の意思を尊重できた」と思えることは、悲しみの中でも大きな安心につながります。

尊厳死と安楽死の違い

高山先生は文中で、死に関わる医療行為を次のように整理されています。

  • 安楽死:医師が直接死をもたらす行為
  • 自殺幇助:死に至る薬剤を患者に渡す行為
  • 尊厳死:延命治療を差し控えること

日本で慣習的に認められているのは「自発的尊厳死(本人の意思に基づくもの)」のみです。
この区別を社会全体が理解しなければ、ACPの普及は進みません。

これからの課題

日本でACPを広めていくには、いくつかの課題があります。

1. 法整備の不十分さ

欧米諸国の一部では、患者の意思を法的に文書化し、医療現場で強制力をもって尊重する仕組みがあります。
一方、日本では「ACPを行うこと」自体は推奨されているものの、患者の意思表示をどのように扱うかについて明確な法的枠組みが整っていません
そのため、現場では「患者が望んでいたとしても、実際に治療を止めてよいのか」という迷いが残りやすいのです。

2. 文化的背景 ― 家族が決断をためらう

日本社会には、「延命治療をやめる=命を見捨てる」という感覚が根強くあります。
家族は「自分が治療をやめる選択をしてしまった」と感じ、罪悪感や後悔を抱きやすいのです。
その結果、本人が治療を望んでいないと分かっていても、家族が延命を続ける決断をしてしまうケースも少なくありません。

3. 医療者の不安と葛藤

医師や看護師にとっても、ACPを進めることは簡単ではありません。
「本当にこれでよいのか」「患者の意思を正しく受け止められているのか」と不安を抱えながら対応している現場が多いのが実情です。
また、医療者自身が「治療をやめる提案」をすることに心理的抵抗を感じる場合もあります。

まとめ ― 「死を話す」ことは「生を話す」こと

高山先生の経験は、ACPが単なる医療技術ではなく、「人がどう生き、どう最期を迎えるか」を考える営みであることを示しています。

「どう最期を迎えるか」を話すことは、「どう生きるか」を話すことでもあります。
ACPを通じて、一人ひとりが自分らしい人生を全うできる社会を目指したいと思います。

👉 参考:高山義浩「患者の望んでいる医療とは何か 透析中止を提案したある医師の独白」

東京都ACP普及啓発小冊子「わたしの思い手帳」(PDF)

東京が作成した代表的なACP啓発用冊子で、ACPの重要性や実践に役立つQ&A、具体的な考え方のワークなどがまとめられています。書き込み式の別冊もあり、話し合いや記録にも便利です。

東京保険医療センター+15東京保険医療センター+15品川区公式サイト+15練馬区公式サイト

Share / Subscribe
Facebook Likes
Tweets
Hatena Bookmarks
Pinterest
Pocket
Evernote
Feedly
Send to LINE