かつてはSFの世界の話だった“壊れた臓器が元通りになる薬”。けれども、今やそれは夢物語ではなく、現実に手が届きつつある未来となりつつあります。
アメリカの最先端研究機関「スクリプス研究所」などの研究者たちは、体内に存在する幹細胞を「薬」で活性化し、損傷を受けた臓器を再生させるという画期的な治療法の開発を進めています。これまでの30年以上にわたる地道な試行錯誤の末、今その成果が本格的に見え始めているのです。
映画の世界が現実に?
1986年公開の映画『スター・トレックIV』では、透析中の患者に医師が1錠の薬を与えると、あっという間に新しい腎臓ができてしまう、という夢のような場面が登場します。
それが現実になるとは、多くの人は思ってもいなかったでしょう。しかし、今その光景に近い未来が現実のものとなりつつあります。もちろん映画のように「一錠の薬で完了」とはいきませんが、「壊れた臓器が再生する」という発想が、ようやく実用段階に入ろうとしているのです。
「治す」から「再生する」へ
再生医療の中心にあるのが「幹細胞」です。幹細胞は、身体のあらゆる組織に変化しうる特殊な細胞で、損傷した箇所の修復や再生に大きな可能性を秘めています。
これまでの幹細胞治療は、体外で幹細胞を培養・加工し、損傷部分に移植するという「外から補う」方法が主流でした。しかしスクリプス研究所が開発中の新しいアプローチは、患者自身の体内にある幹細胞を薬によって“呼び起こす”という方法です。
すでに実験では、マウスやブタの臓器での再生に成功し、一部のヒトの死後組織でも再生反応が確認されたと報告されています。
心臓に新しい筋肉をつくる
再生医療のもう一つの進展は、心筋の再生です。
南カリフォルニア大学の研究チームは、成人の血液幹細胞を心筋細胞へと再プログラムし、それを移植する方法を開発。この手法はマウス、ラット、ブタ、さらには霊長類で試験され、心臓の機能改善に成功したといいます。
「心臓の拍動を取り戻し、ダメージを修復する。これは科学の進歩が実現した成果です」と、研究を主導するマリー教授は語っています。2027年には、ヒトへの臨床試験も予定されています。
問題点とこれからの課題
もちろん、すべてが順調というわけではありません。
たとえば、変形性関節症の治療薬として開発された幹細胞活性化薬では、動物実験では成果が見られたものの、初期段階のヒト試験(60名対象)では十分な軟骨再生が得られませんでした。この研究は現在中断されています。
また、幹細胞を活性化させすぎることで、細胞が異常増殖し、がん化するリスクもあると指摘されています。このため、今後は「どこで、どのタイミングで、どの程度」幹細胞を活性化させるかというバランスの見極めが重要な課題となります。
再生医療は「夢」ではなく「現実」に近づいている
小規模ながら進行中の安全性試験や、臓器での異常な細胞発生が確認されていないことなど、再生医療は確実に一歩一歩進んでいます。
「再び高い生活の質を取り戻すために、傷ついた臓器を修復する。その可能性が見えてきたことが、まさに再生医療の本質です」と研究者たちは語ります。
まとめ
いま、再生医療は新たな段階に入りつつあります。
これまでの「悪化を食い止める」治療から、「回復させる」治療へと医療は進化しています。心臓や肺の病気に苦しむ患者にとって、それは単なる延命ではなく、「本当に治る日が来る」という大きな希望です。
数年以内に登場するかもしれない「組織を元に戻す薬」は、私たちの医療観を大きく変える可能性を秘めています。再生医療の今後に、ますます目が離せません。
▼ 参考リンク(さらに知りたい方へ)
厚生労働省「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」
※日本国内における再生医療の法制度について知る
ナショナルジオグラフィック 日本版|心臓や肺を「元に戻せる薬」の治験が視野に
※本記事の元になったナショナルジオグラフィックの記事
スクリプス研究所(The Scripps Research Institute)公式サイト
※幹細胞や再生医療に関する最先端研究を発表