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一般社団法人アルデバラン

エルダースピーク~高齢者ケア現場での不適切なケアを見直す~

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「エルダースピーク(Elderspeak)」は、高齢者とコミュニケーションを取る際に、無意識に使用されることがある話し方の一つです。

具体的には、幼稚な表現や過剰な優しさ、あるいは命令口調や高圧的な態度が含まれます。一見、親切に見えるかもしれませんが、これが高齢者の自尊心を傷つけたり、介護拒否を引き起こしたりする原因となることもあります。

私自身もケア現場で多くの事例に触れてきました。ケアは「優しさ」が求められる仕事ですが、その優しさが「過剰」になったり、「押し付け」になったりすることで、かえって相手の尊厳を傷つけてしまうことがあります。エルダースピークを意識することで、高齢者との信頼関係を深め、より良いケアやサポートを提供することができます。これは介護や医療の現場だけでなく、日常生活でも非常に重要な考え方です。

今回は、このエルダースピークについて、その影響や具体例、そして改善のためのアプローチを共有します。このブログが、皆さん自身の振り返りのきっかけとなり、不適切なケアを見直す機会になれば幸いです。

エルダースピークの典型的な特徴

「エルダースピーク(Elderspeak)」は、しばしば高齢者への配慮や親しみを込めたものと誤解されますが、実際には相手に対して無意識に「能力が低い」と見なしている態度を反映している場合があります。

幼稚な言葉/フレーズ:「うんちしたくなるかもしれないけど、大丈夫だよ。」

赤ちゃん言葉のように話しかけることで、高齢者の自尊心を損なう可能性があります。

集合体として扱う:「みんなベッドにいましょうね。」

一人ひとりを個別に尊重せず、集団の一部として扱う発言。

縮小語:「もうちょっとだけ待っててね。」

言葉を柔らかくする意図があっても、結果的に相手を幼く扱う印象を与える場合があります。

指令や命令:「そこに横になって。いい?」

指示が必要な場合でも、言葉選びや言い方に配慮が必要です。

大げさな褒め言葉:「あなた、プロみたい!」

本人が当然に行えることを大げさに褒めることが、逆に尊厳を損ねることもあります。

発言を遮る:患者「May…」 看護師「Maybe!」

話を最後まで聞かずに、相手の意図を決めつけてしまう。

軽蔑的な笑い:「寒くなってきたね、フランク![笑]」

ユーモアのつもりでも、相手にとっては不快に感じられることがあります。

エルダースピークの悪影響

エルダースピークは、高齢者に対して無意識のうちに「自立性を奪う態度」や「年齢による差別(エイジズム)」を示してしまう可能性があります。そのため、以下のような悪影響を及ぼす場合があります。

自己効力感の低下:高齢者が自分の能力や判断力を否定されたと感じる。

コミュニケーションの障害:高齢者が「子ども扱いされている」と感じ、話し手への信頼を失う。

心理的ストレス:高齢者が孤立感や無力感を抱きやすくなる。

適切なコミュニケーションのポイント

エルダースピークを避け、尊重と理解に基づいたコミュニケーションを取るためには以下が重要です。

相手を対等な存在として扱う:丁寧で適切な言葉遣いを心掛ける。

必要以上に単純化しない:理解を助けるための工夫は必要ですが、相手の知識や経験を軽視しない。

ゆっくり話すが、自然なトーンを保つ:聞き取りやすい速さと声量で話す。

相手の意思を尊重する:一方的に指示するのではなく、選択肢を提示し、相手の意向を確認する。

エルダースピークを減らすための取り組み

エルダースピークを減らすことは、現場でのコミュニケーションを改善し、高齢者や認知症の方々の生活の質を向上させる重要なステップです。

1. 教育と啓発

介護職員や家族への教育を通じて、エルダースピークがもたらす影響を正しく理解してもらいます。例えば、研修やワークショップを実施し、適切なコミュニケーション方法を学ぶ機会を設けることが有効です。

2. 尊厳を重んじた言葉遣い

一人ひとりを尊重し、相手の意思を尊重する言葉遣いを心がけます。たとえば、「そこに横になってください」ではなく、「少し休みたい場所はどちらですか?」といった表現に変えることができます。

3. 観察と振り返り

日々のコミュニケーションを観察し、自分自身の言葉遣いや態度を振り返る習慣を持つことが大切です。客観的な視点で自分の行動を見つめ直すことで、改善点が見つかります。

4. チームでの支援

介護はチームで行われることが多いため、スタッフ全員で同じ意識を持つことが重要です。定期的なミーティングやフィードバックを通じて、エルダースピークの削減に向けた取り組みを共有しましょう。

エルダースピークの影響に関する研究

ある研究では、16人の認知症患者と53人の看護スタッフによる88回の介護現場でのコミュニケーションが記録されました。その結果、96.6%の場面で何らかの形でエルダースピークが使われており、48.9%の場面で介護拒否が発生していました。さらに、エルダースピークを10%減少させると、介護拒否は77%も減少するという結果が得られています。

また、エルダースピークは、高齢者や認知症の方々にとってどのような影響を与えるのでしょうか?研究によれば、以下のような問題が指摘されています。

介護拒否の増加:エルダースピークが使われる場面では、介護拒否の発生率が高まることが分かっています。高齢者は、自分が軽んじられていると感じたり、無力感を抱いたりすることで、ケアを拒むようになります。

BPSD(認知症に伴う行動・心理症状)への影響:エルダースピークは、認知症の方々の行動や心理に悪影響を及ぼすことがあります。不安や怒りが増し、パニックを引き起こす可能性もあります。

痛みや不快感の悪化:身体的な痛みが軽度の場合、エルダースピークの影響が顕著に現れることが研究で示されています。心理的なストレスが、身体的な不調をさらに悪化させる要因となるのです。

おわりに

エルダースピークは、無意識のうちに行われていることが多く、その影響に気づかないまま使用されているケースも少なくありません。しかし、その一言一言が、高齢者や認知症の方々にとって大きな影響を及ぼす可能性があるのです。

私たち高齢者ケアに携わる者として、常に相手の尊厳を重んじ、適切なコミュニケーションを心がけることが求められます。

*エルダースピークと介護拒否行動に関する研究は、以下の文献を基にしています。

「病院での認知症ケアにおけるケア拒否の修正可能な要因としてのエルダースピークコミュニケーションと痛みの重症度」
著者: クラリッサ A. ショー博士、ケイトリン・ワード博士、ジーン・ゴードン博士、クリスティン・N・ウィリアムズ博士、FNP-BC、キーラ・ハー博士、AGSF   初公開: 2022年6月1日   DOI: 10.1111/jgs.17910
資金提供: 中西部看護研究協会、国立看護研究研究所 (助成金番号: F31NR018580)、シグマ・シータ・タウ・インターナショナル、アイオワ大学看護学部

この研究は、急性期病院におけるエルダースピークが認知症患者の介護拒否行動に与える影響を明らかにしており、医療現場でのコミュニケーション方法の改善の必要性を示唆しています。

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