2025年7月16日〜18日に東京ビッグサイトで開催されました「ナースまつり」にて、7月16日(木)のセミナーに登壇させていただきました。12時20分からの登壇というお昼時にもかかわらず、会場には多くの熱心なリスナーの皆様がお集まりくださいました。
今回のテーマは「垣根を越えて想いをつなぐACP〜看取りを通して考える〜」です。そのご報告とともに、私が大切にしているACP(Advance Care Planning:アドバンス・ケア・プランニング)について、改めてお伝えしたいと思い、このブログを書いています。

ACPの本質を問い直す
当日のパワーポイント資料にも沿いながら、私が一貫してお伝えしたかったのは、「ACPは死について話し合うプロセスではなく、”生きる”ことについて対話する繰り返しの過程である」という点です。ACPが日本社会に徐々に認知されつつある一方で、「死ぬための準備」というイメージが先行しがちですが、それは決して本質ではありません。
ACPとは、ご本人が自分らしく生きるために、家族や医療・ケアチームとともに、「どんな生き方を大切にしたいか」「最期まで何を守りたいか」など、自分自身の価値観や人生観、大切にしているものを丁寧に言葉にしていく作業です。それは一度話して終わるのではなく、状況や体調、人生の節目ごとに繰り返し対話を重ねていく…それこそがACPの本質だと私は信じています。
『寄り添う』ことの意味を実体験から再考する
ACPの取り組みを考えるとき、私はいつも「一人ひとりの人生に寄り添うとは何か」を問い続けています。
正直に言えば、時としてその「寄り添う」という言葉は簡単に使われがちですが、その実践は決して簡単なものではありません。本当に相手の人生や価値観に寄り添うには、まずは「寄り添わせていただく自分」になること、つまり自分自身の物の見方や固定観念を脇に置き、目の前の方その人の思いに心を向け続けることが不可欠だと思います。
実際、過去に担当したある患者さんの言葉やご家族の想いに触れるたび、「自分の考えを押し付けそうになっていないか」「本人にとって本当に大切なことは何だろう」と、何度も立ち止まっては迷い、学び直してきました。ACPの現場にいると、時に心が熱くなり、思い出すたびに胸が苦しくなるほどの体験に出会うことがあります。それでも、こうした実体験を糧にして、より多くの方に「自分らしさを最期まで大切にできる社会の実現」を諦めずに伝え続けていきたいと、改めて強く感じています。
尊厳を守るとは「相手の価値観を大切にする」こと
医療やケアの現場では、ともすると「正解」を探してしまいがちです。もちろん、医学的な観点やエビデンスにもとづいた判断は重要です。ただ、ACPを実践するときは、それら以上に「本人が大切にしていることは何か」「どんな人生を歩んできて、これからどう生きたいのか」に耳を傾け、共に考えていくことが最も重要だと実感しています。
尊厳を守るとは―それは、患者さんご本人の価値観や人生観、大切にしているものを心から尊重することに他なりません。「患者」としてではなく、「ひとりの人」として、その方ならではの生き方や思いに寄り添う姿勢が何よりも求められると考えます。
ACPは「生きる」ための対話
ACP(アドバンス・ケア・プランニング)は決して死について話し合うことではありません。むしろ、「今をその人らしく生きる」「最期まで自分らしさを貫く」ことを目指す、生きるための繰り返しの対話なのです。
医療的な選択肢やケアの方法を話し合うことは、その一部にすぎません。本当に大事なのは、「本人が何を大切にしたいか」「どんな日々を送りたいか」という価値観や人生観を共有し、その思いを支えるために医療や看護、ケアがどんなふうに関わることができるかをともに考えていくことです。
ACPを重ねていくことで、ご本人はもちろん、ご家族や医療スタッフにとっても納得感や安心、後悔の少ない選択ができるようになりますし、何より本人の最善のケアが提供できる土壌をつくることができます。
会場から感じた、ACPへの関心の高まり
今回、数年前と比べて「ACPに対する関心や前向きな実践が、確実に現場で広がってきている」ことを強く実感しました。もちろん、院内や施設ごとに温度差や課題は残っていますが、多くの医療・ケア従事者が「その人らしい最期を支えるには何ができるか」を真剣に考え、日々学びを深めている――そんな現場の姿勢に、私自身も勇気と希望をもらいました。
セミナー後は、「ACP委員会を立ち上げて勉強を始めた」「終末期医療とACPの違いが初めて理解できた」「患者さんやご家族との対話の始め方に悩んでいる」といった率直な声が多く寄せられ、皆さんの問題意識や学ぶ意欲の高さに感動しました。また、講演中も熱心に耳を傾けてくださり、質疑や意見交換も活発で、現場ならではの悩みや工夫について意見を交わせたことは、私にとっても大きな学びの機会となりました。

おわりに:すべての人の「自分らしい人生の最終章」のために
「ACP」という言葉が少しずつ浸透し、多くの方が現場で関心を持って取り組み始めている・・・この変化は、これからの高齢社会の日本にとって大きな希望だと思います。
しかし、まだ道半ばです。制度や慣習、現場のハードル、忙しさなどさまざまな困難があります。だからこそ今、「一人一人の人生に寄り添うACPの本質」を、多くの方に知っていただきたいと心から願います。
今回のナースまつり登壇と、現場の皆さんとの対話を通し、私はあらためて「ACPの大切さ」と「実践の難しさと希望」を痛感しました。そして、この熱い気持ちを忘れず、これからも患者さん、ご家族、同じ志を持つ仲間たちと共に歩んでいきたいと考えています。
「その人らしく生き抜く」ことを誰もが最後まで認められる日本へ―。そのために、ACPに携わるすべての方が、自信と誇りを持って寄り添い支えることができる社会の実現を、引き続き目指していきたいと思います。