1.「問題」と呼んだ瞬間に何が起きるのか
日本では、不登校や引きこもりはすぐに
- 改善すべき状態
- 早く学校へ戻すべき状況
- 社会不適応のサイン
として語られがちです。
でも少し立ち止まって考えてみたいのです。
それは本当に“問題”なのでしょうか。
もし「問題」と決めつけなければ、見えてくる景色は変わるのではないでしょうか。
2.そもそも学校とは何のためにあるのか
🇫🇮 フィンランドの教育
フィンランドでは・・・
- 宿題が少ない
- テストが少ない
- 外遊びが多い
- 競争より協働
という教育文化があります。子どもは「成果を出す存在」ではなく「育つ存在」として扱われます。
🇳🇱 オランダの子どもたち

オランダでは
- 子どもの幸福度が世界トップレベル
- 学校以外の選択肢も尊重される
- 個人のペースが大切にされる
という特徴があります。
「学校に合わない」というだけで、その子が否定されることはありません。
3.引きこもり・不登校は“結果”ではないか?
私たちはよく「なぜ学校に行かないの?」と問いかけます。
でも本当に必要なのは、
- なぜその子の心が疲れたのか
- なぜ安心できなかったのか
- なぜそこに違和感があったのか
という問いではないでしょうか。
引きこもりや不登校は、原因ではなく“結果”かもしれません。
それは
- 過度な同調圧力
- 画一的な評価基準
- 失敗を許さない空気
- 感覚過敏や発達特性への無理解
に対する、心の防御反応なのかもしれません。
4.「学校に行くこと=成長」なのか?
成長とは何でしょう。
- 自分を理解すること
- 他者を尊重すること
- 安心できる居場所を持つこと
- 自己肯定感を育むこと
もし学校がその役割を果たせない時、無理に通い続けることが本当に正解なのでしょうか。
一度立ち止まることは後退ではなく、再構築の時間かもしれません。
5.「問題」と決めつけると解決策は狭まる
「問題」→「治す」→「戻す」
この構図だけでは
- 子どもの声は置き去りになる
- 家族は追い詰められる
- 支援は形式的になる
しかし、「なぜ?」と問い続ければ
- 学校のあり方
- 社会の価値観
- 子どもの感覚特性
- 家庭環境
- 教育制度
多角的な検証が始まります。そこから初めて、本質的な支援が見えてきます。
6.問いを変える勇気
「どうやって戻すか」ではなく「どうすればこの子が安心できるか」「何がその子にとっての成長か」 その視点が社会全体に広がったとき、引きこもりや不登校は“異常”ではなく“多様な選択”として語られるかもしれません。
7.最後に
様々な意見があるでしょう。
学校の意義も大切です。
集団生活の経験も必要です。
社会性も育まれます。
だからこそ、
一方向からの断定ではなく、多角的な検証が必要なのです。
引きこもりや不登校を「問題」と決める前に少しだけ、視野を広げてみませんか。
子どもの未来のために。そして、社会の未来のために。




