アルデバラン

一般社団法人アルデバラン

学校に「作業療法室」を〜岐阜・飛騨市から始まった全国初の挑戦〜

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約10分

「すべての学校に保健室があるように、すべての学校に作業療法室がある日が来るかもしれない」

そんな未来を想像させてくれる挑戦が、岐阜県北部、人口約2万人の小さな町・飛騨市で始まっています。市内すべての小中学校に「学校作業療法室(OT室)」を設置し、作業療法士が定期的に学校を訪問して、子どもたちと教員、保護者を支援するという取り組みが注目を集めています。

教育と医療・福祉の垣根を越えたこの試みは、まさに「現場主義」の真髄を体現する、全国初の挑戦です。

そもそも作業療法士(OT)って、どんな仕事?

作業療法士(Occupational Therapist:OT)は、「その人らしい生活を取り戻すこと」を支えるリハビリの専門職です。

ここでいう「作業」とは、仕事や家事のことだけではありません。
食事をする、着替える、字を書く、遊ぶ、外に出かける、人と関わる・・・
こうした、私たちが毎日当たり前に行っている生活のすべてを指します。

病気やけが、加齢、発達の特性などによって、「今まで出来ていたことができなくなった」
「やりたいのにうまくいかない」そんな困りごとが生じることがあります。

作業療法士は、その人の状態や気持ちを丁寧に汲み取りながら寄り添い、
“できないことを無理にやらせる”のではなく、
“どうすればできるようになるか”を一緒に考える
専門家です。

たとえば──
・片手でも食事がしやすい方法を工夫する
・集中が続きにくい子どもに合った遊びや学習環境を整える
・認知症の方が安心して一日を過ごせる生活のリズムをつくる
・「自分でできた」という達成感を大切にしながら練習を重ねる

このように、その人の生活そのものに寄り添うリハビリを行います。

作業療法士が大切にしているのは、「治すこと」だけでなく、「その人がどんな生活を送りたいのか」「何を大切にして生きてきたのか」という視点です。

医療機関だけでなく、福祉施設、学校、地域、在宅支援の現場など、人の“暮らし”がある場所で、作業療法士は活躍しています。

なぜ今、学校に「作業療法士」が必要なのか?

近年、学校現場では発達障がいや学習障がい、感情や行動のコントロールが難しい児童生徒が増え、「学びたくても学べない」「やる気はあるのにうまくいかない」という子どもたちが目立つようになっています。

文部科学省のデータによると、通級指導教室を利用する児童生徒は、2017年から2022年のわずか5年間でほぼ倍増し、約20万人に達しました。これは、特別な支援を必要とする子どもたちが急激に増えていること、そして学校現場がその対応に追われている現状を示しています。

教員の努力だけでは、限界がある現実

先生方は日々、授業・学級運営・保護者対応・書類業務など、非常に多くの役割を担っています。
一人ひとりの子どもの特性に合わせた細やかな支援を行いたくても、時間・人手・専門的知識の面で、どうしても限界があるのが現実です。

たとえば──
・字を書くのが極端に苦手で、板書についていけない
・集中が続かず、授業中に立ち歩いてしまう
・音や光、人の気配に敏感で、教室にいるだけで疲れてしまう
・感情が爆発しやすく、友だちとのトラブルが絶えない

こうした困りごとは、
「やる気がない」「わがまま」「努力不足」と誤解されてしまうことも少なくありません。

しかし実際には、身体の使い方、感覚の特性、認知や注意の仕組み、環境との相互作用が影響している場合が多いのです。

そこで求められる「学校作業療法士」

作業療法士(OT)は、子どもの行動やつまずきを「できる・できない」で判断するのではなく、
「なぜこの子はここで困っているのか」「どんな環境なら力を発揮できるのか」という視点で捉える専門職です。

学校作業療法士は、
・子どもの姿勢や身体の使い方
・感覚の過敏さや鈍さ
・集中や注意の特性
・学習環境(机・椅子・教室の構造・教材)

こうした要素を総合的に見ながら、子どもが「学びやすくなる工夫」を具体的に提案・支援します。

それは特別な訓練を増やすことではなく、
・座りやすい姿勢に変える
・課題の出し方を少し工夫する
・教室環境を調整する
といった、日常の中でできる支援であることが多いのです。

「できない子」を減らすのではなく、「できる形」を見つける

学校に作業療法士が関わることで、子どもたちは「怒られる存在」から「工夫すればできる存在」へと変わっていきます。そして教員にとっても、「どう対応すればいいかわからない子」ではなく、「理由がわかり、手立てが見える子」になります。

これは、子ども一人を助けるだけでなく、学級全体の落ち着きや学びの質を高めることにもつながります。今、学校には教える専門家である教員と、学びや生活を支える専門家である作業療法士が、
チームとして関わる仕組み
が求められているのです。

作業療法士が関わることで見えてくる “気づき”

飛騨市の取り組みでは、作業療法士が月2回、各小中学校を訪問しています。そこで行うのは単なる指導や訓練ではなく、子どもの「困っているサイン」に丁寧に耳を傾け、環境や行動、課題の背景にある要因を読み解くという専門性に基づく介入です。

たとえば、小学2年生の美希ちゃん(仮名)は、3桁と2桁の引き算がどうしてもできませんでした。担任の先生も、お母さんも、何度もやり方を説明し、繰り返し練習させましたが、美希ちゃんは途中で混乱してしまい、「わからない」「できない」と涙ぐむことも増えていきました。

一見すると「算数が苦手な子」のように見えますが、作業療法士が丁寧に話を聞き、学習の様子を観察すると、問題は計算そのものではありませんでした。

美希ちゃんは、「10をくずして1を借りる」という繰り下がりの考え方を頭の中で整理することが難しかったのです。つまり、努力不足ではなく、情報を理解し、整理する過程に特徴があったということでした。

そこで作業療法士は、「CO-OP(コアップ)アプローチ」という方法を使って支援を始めました。これは、自分で目標を立て、実現に向けた作戦を考えて実行するというサイクルを回すアプローチで、簡単に言うと、大人が答えを教えるのではなく、子ども自身が『どうしたらうまくできるか』を考え、試していく支援方法です。

たとえば、
・まず「どこでつまずいているか」を一緒に確認する
・「こうしてみたらどうかな?」と作戦を立てる
・実際にやってみて、うまくいったらその方法を覚える

という流れで進めていきます。

美希ちゃんの場合、繰り下がりを図やブロックで目に見える形にしたり、自分なりの手順を言葉にして確認することで、少しずつ混乱が減っていきました。「できなかった理由」がわかり、「自分に合ったやり方」を見つけたことで、美希ちゃんは自信を取り戻し、引き算にも前向きに取り組めるようになったのです。

この事例が示しているのは、作業療法士が単に学習を手伝う存在ではなく、子ども一人ひとりの特性に合わせて「学び方そのもの」を整える専門家だということです。

学校に作業療法士が関わることで、「できない子」を増やすのではなく、「できる形を一緒に見つける教育」が実現していきます。

保健室と同じくらい当たり前の存在に

飛騨市が目指すのは、「学校に保健室があるのと同じように、作業療法室がある」未来です。保健室が体調不良の際に駆け込む場であるように、作業療法室は「やりたいけどできない」悩みに寄り添う場所。

対象は、障がいの有無にかかわらず、すべての児童生徒、そして教職員や保護者も含まれます。

これは、「特別支援」や「特別なニーズ」という枠にとどまらず、すべての人の「生きづらさ」「学びづらさ」に目を向け、支えていこうとする考え方です。

実際にOT室では、子どもへの個別対応はもちろん、クラス全体への集中力向上の体操、保護者向け・教員向けの研修会、さらには校内放送でのCO-OPアプローチの紹介など、さまざまな形での支援が展開されています。

教員の負担を軽減するという社会的価値

学校に作業療法士がいることの最大の効果の一つは、教員の心理的・業務的な負担を軽減できることです。多忙な教員にとって、「気になる子はいるけれど、どう関わってよいかわからない」「時間がなくて一人ひとりに対応できない」という声は珍しくありません。

こうした声に、作業療法士が並走しながら支援の方針をともに考え、必要に応じて医療・福祉機関と連携することで、教員が本来の教育活動に専念できる環境が整っていきます。

飛騨市が実施した調査でも、教員からは

  • 「療育や医療機関と学校がスムーズにつながるようになった」
  • 「子どもを専門的に見立て、教員や保護者にフィードバックしてくれる」
  • 「教職員の精神的な負担が明らかに軽減された」

といった声が寄せられており、現場レベルでの信頼を勝ち得ていることがわかります。

人材不足という最大の壁

この素晴らしい取り組みにも、やはり課題はあります。それが「作業療法士の人材確保」です。なぜなら「作業療法士が学校で力を発揮できる仕組みが、日本ではまだ十分に整っていない」からです。

① 作業療法士は「医療職」として育成されてきた

日本の作業療法士養成は、長く病院・リハビリ施設での医療支援を中心に発展してきました。そのため、骨折や脳卒中のリハビリ、入院・退院後の生活支援といった分野は体系化されていますが、
「学校で学ぶ子どもを支えるOT」については、教育課程の中でも扱いが少ないのが現状です。

結果として、学校に関心を持つOTがいても、「どこで、何を、どう学べばいいのか」が見えにくい状況が続いています。

② 学校にOTを配置する制度が日本にはほぼない

カナダや欧米では、学校にOTが関わることは制度として位置づけられている国もあります。

一方、日本では、学校に配置される専門職=教員、外部専門職=スクールカウンセラーや巡回相談という枠組みが中心で、作業療法士が学校に関わる制度的な受け皿がほとんどありません。

制度がないということは、ポストがない、予算がつかない、研修体系も育たないという悪循環につながります。

③ 「特別支援=限られた子のもの」という意識が強い

日本の教育現場では、支援が必要な子どもへの対応が「特別支援」という枠の中に閉じられがちです。その結果、作業療法士の関わりも、特別なニーズのある一部の子のための専門職」と捉えられやすく、本来OTが得意とする、学びやすい環境づくり、クラス全体への波及効果、教師の支援といった役割が、十分に認識されていません。

④ 教育と医療をつなぐ専門家が少ない

教育現場で活躍するOTには、医療の知識だけでなく、学校文化・教育課程・教員の働き方への理解も必要です。しかし、教育と医療の両方を横断的に学べる機会は、まだ非常に限られています。

そのため、現場に入るOT自身も「どこまで踏み込んでいいのか」「先生とどう役割分担すればいいのか」戸惑いながら活動しているケースが少なくありません。

最後に:作業療法士の存在が社会に広がっていく未来へ

私は、作業療法士という職業がもっと多くの人に知られ、認知され、必要とされる社会を心から望んでいます。医療や福祉の場面にとどまらず、教育現場、企業、地域、家庭と、あらゆる「人が暮らす場所」に作業療法士の力が届く未来は、決して夢ではありません。

子どもたちが、自分の力で困難を乗り越える力を育み、大人たちが無理なく支援できる環境が整うこと。そのために、作業療法士が果たす役割はますます大きくなるでしょう。

飛騨市では,

ふるさと納税を活用しながら支援体制の充実と人材育成に取り組んでいますが、全国的に見ても、教育現場に特化した作業療法士の育成はまだ途上段階ですが、「学校作業療法室」は、その未来のはじまりを私たちに見せてくれています。

※この記事は、Yahoo!ニュース『教育現場を変える「学校作業療法室」“教員の負担軽減”と“子どもの自立支援”を作業療法士がサポート』(2025年9月1日掲載)をもとに再構成しています。

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